大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌高等裁判所 昭和54年(ネ)225号 判決 1982年2月25日

控訴人(原告)

石川勝男

被控訴人(被告)

北海道中央バス株式会社

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し金三三万三九三五円及び内金二八万三九三五円に対する昭和五一年一二月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを二〇分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

この判決の第二項は仮に執行することができる。

事実

一  控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金八九二万九六〇〇円及び内金八五二万九六〇〇円に対する昭和五一年一二月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、控訴人は、控訴棄却、控訴費用控訴人負担の判決を求めた。

二  当事者双方の主張と証拠の関係は、主張につき次の1のとおり変更し、証拠につき次の2のとおり付加するほかは、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

1  原判決三枚目表の末尾から三行目の「七六一万〇八九四円」を「七六一万八九〇三円」と改め、その裏六行目の「後遺障害は」の次に「当初」と挿入し、その七行目の「判定された。」を「判定されたが、昭和五四年六月一二日これが変更され、改めて右等級一二級に該当するとの判定を受けた。」と、その五枚目表の末尾から三行目の「二八一万二九六三円」を「三八二万二九六三円」と、その末行目の「五六万円」を「一五七万円」と、その裏二行目の「金九九三万九六〇〇円」を「金八九二万九六〇〇円」と、その二、三行目の「内金九五三万九六〇〇円」を「内金八五二万九六〇〇円」と、その末尾から五行目の「但し、」から「判定されたことは認める。」までを「但し、控訴人主張の各後遺障害等級の判定がなされたことは認める。」とそれぞれ改め、その七枚目表一行目の「訴外平島は」の次に「バスの運行が予定より遅れていたので発進を急いでいたために、」と挿入し、その四行目の「よるものである。」の次に「なお当時本件停留所付近は雪が凍結して滑りやすい状態にあり、しかもバスの扉が閉まりはじめる際のブザーが鳴つてから扉が閉まりきるまでの時間はごく僅かである(ことにステツプ幅の約八割位までは急速に閉まる。)から、控訴人がかけ込み乗車をしようとして左足に扉に挟まれるようなことはあり得ない。」と付け加える。

2  〔証拠関係略〕

理由

一  本件事故発生の経緯、その事故による控訴人の受傷とこれに対する治療の経過ならびにその事故についての被控訴人の帰責事由に関する当裁判所の判断は、原判決八枚目表五、六行目の「同甲第二五号証、」の次に「同第三四号証、」と挿入し、その七行目の「原告本人尋問の結果」を「原、当審における控訴人本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)」と改め、その裏一行目の「態勢にはいつた。」の次に「なお、当時気温は氷点下で路面は場所により凍結していたが、本件停留所周囲は除雪されていた(控訴人は、当審において、除雪されていなかつた旨供述するが、これは原審証人平島一治の証言と原審における控訴人本人尋問の結果に照らし採用できない。)ので、その周囲路面は歩行上さほど不安定なものではなかつた。」と挿入し、その末尾から五行目の「原告は」を「控訴人は、原、当審において」と、その末尾から二、三行目の「両足をステツプに乗せたところ」を「左足をステツプに乗せ、続いて右足先をステツプにかけた際に」とそれぞれ改め、その九枚目表一行目の「供述をするのであるが、」の次に「前記のとおり運転手の訴外平島が先を急いでいたことを考慮しても、」と挿入し、その四行目の「ステツプに乗せた」を「ステツプに乗せつつあつた」と改め、その一〇枚目表二行目の「後遺障害が」の次に「はじめ」と挿入し、その三行目の「判定されたことは」を「一旦判定されたが、のちにこれが右等級一二級に改められたことは」と改め、その四、五行目の「甲第二五号証、」の次に「第二八号証、第三〇ないし三二号証、原本の存在と成立に争いのない同第二九号証」と挿入し、その六行目の「原告本人尋問の結果」を「原、当審における控訴人本人尋問の結果」と、その裏六行目の「そこで原告は」からその八行目の「受けたこと、」までを「そこで控訴人は、再度請求手続をとつて一旦は後遣障害等級一四級該当との判定を受けたが、その後も症状が好転しないので、さらに増額のための請求手続をとつたところ、右症状固定から一年半を経た昭和五四年六月一二日に右等級一二級に該当するとの判定を受けたこと、」とそれぞれ改め、その末尾から五行目の「周囲径は」の次に「軽度の筋萎縮により」と挿入し、その末尾から四行目の「正座は不能」を「左膝関節に約一〇度の屈曲制限があり、左股関節の内外旋や足関節の屈曲も最大時に疼痛を伴うため正座や胡座は不能ないし困難」と、同じく末尾から四行目の「左側に踵臀部間隔」を「正座の際の左踵臀部間隔」とそれぞれ改め、その一一枚目表二行目の「そして、」の次に「前記甲第四号証、第六号証、第三二号証」と挿入し、その末尾から五行目の「されたことが認められる。」を「されたこと、またほかにも控訴人の左足について、X線検査や関節造影検査のうえでは、骨や関節に異常は認められず(下肢長の短縮もみられない。)、前記筋萎縮も神経疾患に起因するものではなく、なお前記疼痛は、半膜様筋腱の過伸展が瘢痕治癒したためであることがそれぞれ認められ、これらの認定を左右する証拠はない。」と改めるほかは、原判決理由第一、二項及び第三項1に認定、説示されているところと同一であるからこれを引用する。

ところで控訴人は、本件事故発生の経緯につき、本件停留所近辺の路面の状態やブザーが鳴つてから閉じるまでのバスの扉の動きなどから、控訴人がかけ込み乗車をしようとして扉に左足を挟まれるようなことは起り得ない旨を主張するが、控訴人が、バスの乗車口に至るまでにかけ足をしたか否かは別として、少なくとも先に乗車した者に続いて乗車口に至つたのではなく、これより遅れて乗車口に至り、閉まりかかつている扉に左足をかけて無理に乗り込もうとしたものであることは、右に引用した原判決理由第一項の認定に供された各証拠に照らして否定し難く、右の路面状態やバスの扉の動きなどもその認定を左右するものではないと認められるので、控訴人の右主張は採用できない。

二  そこで本件事故による控訴人の損害について判断する。

1  入院雑費 金四五〇〇円

2  休業損害 金二三三万〇六五〇円

右の1及び2についての当裁判所の判断は、原判決理由第三項2及び3に認定されているところと同一であるのでこれを引用する。

3  逸失利益金二七五万九六八〇円

(1)  本件事故による控訴人の後遺障害の部位、程度は、先に引用した原判決理由第三項1に認定されているとおりであるところ、この点につき控訴人は、当審において、右後遺障害により、常時左足に痺れを伴う倦怠感があり、歩行すると激しい疼痛を伴うほか、そのあとで左足の各種筋腱が一日に数十回もの痙攣を起し、通常の姿勢で椅子に腰掛けることも疼痛等のため困難であり、しかも左足がすでに三センチメートル前後短縮したなどと供述するが、これら控訴人の訴える症状は、その原審における供述と比べて明らかに拡大され、前記認定にかかる後遺障害の客観的所見に照らしても、一部に誇張ないしは心因性のものが含まれていると疑わざるを得ず、また前記甲第四号証、第六号証、第二九号証、第三一号証、第六〇号証、乙第六号証、第八号証、弁論の全趣旨から原本の存在と成立を認める甲第六一号証及び原、当審における控訴人本人尋問の結果によると、北辰病院の右後遺障害に関する多数の診断書や意見書のうち、のちに作成されたもの(前記甲第三一号証、第六〇、六一号証)には、左足の疼痛のため一キロメートル(杖なしでは約二〇〇メートル)以上の歩行は不能で、しかも右疼痛は終身継続するとの記載があるけれども、右の各診断書や意見書は、一方で症状固定後格別症状に変化がみられないとしながら、他方でのちに作成されたものほどその症状の記載が重篤な表現へと変転し、控訴人の訴えるところに引きずられたという事情が窺われ、また右終身継続の点も、単にそれまでの理学的療法等により格別症状の好転がみられなかつたことのみをその根拠とするものであつて、いずれもそのまま採用することは困難である。

(2)  そこで原判決理由の前記引用部分に認定された諸事情と右に説示したところから、控訴人の後遺障害による症状固定後の逸失利益を考えるに、控訴人の受傷原因たるバスの扉に左足を挟まれた際の衝撃はさほど強度のものではなく、その左足の後遺障害も、骨や関節には器質上の損傷はなく、疼痛の点を除けばその機能障害は比較的軽度のものであり、また右疼痛も、これまでのかなり長期にわたる理学的療法等によつて十分改善せず、医療手段により早期に回復をはかることは困難であることが窺われるものの、その医療手段に加えて、控訴人の社会復帰への意欲(当審における控訴人本人尋問の結果によると、控訴人は、タクシー等の交通機関を利用して右後遺障害の治療のため病院に通うほか、金銭の貸付を受けた金融業者を訪問したり、喫茶店に立ち寄つたり、あるいは時にパチンコ遊戯などをして午前一〇時ころから午後四時ないし六時ころまで外出するのをほぼ日課としていて、本件事故以来現在まで何らの職にも就いていないことが認められる。)や社会生活への馴化により、徐々に右後遺障害を克服し、労働能力の回復をはかることは十分可能であるとみられ、なお当審における控訴人本人尋問の結果によると、控訴人は、昭和四二年ころ右眼をガラスで負傷したため、本件事故後にその視力が著しく減退したことが認められるが、その視力減退と本件事故との間の因果関係を認めるに足る証拠はなく、これらを総合して考えると、控訴人の本件事故による右後遺障害についての労働能力喪失期間は、事故の約一年後である昭和五二年一二月一二日の症状固定から一五年間とし、そのうちはじめの七年間の労働能力喪失率を平均一四パーセント、のちの八年間の労働能力喪失率を平均七パーセントとそれぞれ認めるのが相当であり、また控訴人の本件事故当時の収入は、前示2で引用した原判決理由第三項3に認定されているとおり日収六六五九円であつたから、これらに基づき年別ホフマン方式を採用して民法所定の年五分の割合により中間利息を控除する(本件事故から前記症状固定までの期間は、右のとおり年別ホフマン方式を採用したことから、これを一年として計算する。)と、控訴人の右後遺障害による症状固定後の逸失利益は、次のとおり金二七五万九六八〇円(円未満切捨)と算定される。

6,659×365×{(6.5886-0.9523)×14/100+(11.5363-6.5886)×7/100}=2,759,680.48

4 慰藉料 金一七五万円

本件事故による控訴人の受傷とその後遺障害の部位、程度及びその治療あるいは検査のための入、通院期間など、原判決理由の前記引用部分や前示3に認定された諸事情(但し、後記過失相殺事由を除く。)を総合すると、本件事故により控訴人が受けた精神的苦痛に対する慰藉料の額は金一七五万円と評価するのが相当である。

5  過失相殺

本件事故については控訴人にも過失があるので、これを損害賠償の額を定めるにつき斟酌し、その過失相殺割合を四割と評価するのが相当であつて、その理由は、原判決理由第三項6の前段部分に説示されているところと同一であるからこれを引用する。

そうすると右割合の過失相殺をした損害賠償の額は、前示1ないし4の各損害の合計金六八四万四八三〇円の六割にあたる金四一〇万六八九八円となる。

6  損害の填補

控訴人が被控訴人から金二二五万二九六三円の支払を受けたことは当事者間に争いがなく、また控訴人が自賠責保険から金一五七万円を受領したことは、弁論の全趣旨からこれを認めることができるから、控訴人の前記損害賠償金四一〇万六八九八円は、右の合計金三八二万二九六三円の限度で填補されたことになり、これを控除するとその残額は金二八万三九三五円となる。

7  弁護士費用 金五万円

本件訴訟の事案の内容や審理経過など、訴訟上明らかな諸事情に鑑みると、本件事故と相当因果関係ある損害と評価し得る弁護士費用の額は金五万円と認めるのが相当である。

三  進んで被控訴人の和解の抗弁につき判断するに、成立に争いのない乙第五号証の一、二、弁論の全趣旨により成立の真正を認める同第一二号証及び原審における控訴人本人尋問の結果によると、控訴人が、昭和五一年一月二七日被控訴人との間で、本件事故による損害につき金二〇万二九六五円の支払を受けることをもつて示談する旨の合意をしたことが認められるが、先に引用した原判決理由第三項1及び前項3の各認定事実と右の各証拠とを総合すると、右示談の契約は、本件事故から約一か月後に結ばれているが、当時双方とも、控訴人の受傷が比較的軽度のもので早期に完治すると考えていたため、その示談金もそれまでの休業損害及び通院治療のため要した交通費などの若干の諸雑費に充てる趣旨で定められ、前項1ないし4の各損害のうち、少なくとも右示談金の額を超える分については、当時その損害の発生を予想できなかつたものであることが認められ、そうすると前項6記載の填補後の残損害は右示談契約の対象外のものと解されるから、被控訴人の右抗弁は理由がないというべきである。

四  以上によれば、控訴人の本訴請求は、被控訴人に対し、本件事故による損害賠償として、第二項6記載の填補後の残損害金二八万三九三五円と同項7記載の弁護士費用金五万円の合計金三三万三九三五円及びそのうち右残損害金二八万三九三五円に対する事故の日である昭和五一年一二月二七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないので棄却すべきであるところ、これと異なる原判決は一部不当であるので民事訴訟法三八四条、三八六条により右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき同法九六条、九二条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 安達昌彦 渋川満 藤井一男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例